残り続ける文化

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ペンフレンドというのが、昔流行ったことがあります。
うろ覚えですが、見ず知らずの人に雑誌などで「私と手紙交換しませんか?」と募集をかけたりして、手紙をやりとりする。
所謂、文通です。
現在、年賀ハガキもLINEで済ませる人が多いとおもいます。私も、元手がかからないこともあり、ほとんど「あけおめメール」もしくは、「あけおめLINE」になっています。
ですが、年中全く手紙を書かないかと問われればそうでもありません。
ペンフレンドとは、違いますが、昔近所に住んでいたよく遊んでもらっていたお姉さんと十年以上、中学の頃まで文通をしていました。十年ですから、メールと違って筆跡も変わります。
ひらがなで大きめにかかれていた斜めった文字も気取って漢字を使いだし、大きさも小さく揃えられていく。まるで自分史が他人宅に送られているようです。
なぜ、そんなことを言えるのかといえば、相手方の手紙を保管しており、ある日読見返したら、そんな感じで筆跡が変わっていたんです。
近所のお姉さんは、確かに私より歳上でしたが、引っ越し当時は小学生。(私は保育園児)
最期の手紙は、高校生です。変わらない方がおかしい。
まあ、そんなこんなで。私には、遠くの友達=文通という認識がありまして。
今でも年に1、2回ほど、学生時代の友人に手紙を出します。
連絡手段は、今や通信機器に偏っていますが、きっとこれからも手紙がなくなるということはないと思います。考えれば、千年以上も前から、戦国時代や維新、世界大戦さえ乗り越えてきた連絡の手段です。
筆跡やレターセットの柄、文香など。画面上では、なかなか難しい、五感に訴えるこの原始的ながらも等身大の相手を感じられるこの手法は、これからも文化として、残り続けるのではないでしょうか。